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正確な期日までは記憶がありませんが、創立90周年を迎えるに当たり、常務理事会で の議題として100周年に「同窓会館」を建設したいという声があり、コンセプトの議論 等はなく、基本合意されました。 90周年で募金の趣意書が送付されましたが、記載されているような神撫会と学校、PT Aの三者合意に関しては、私などはその文面を見るまでは経緯も事実も知りませんでし た。 その後、「同窓会館」を建設するなら、場所の選定や建物の仕様、必要予算などの検 討が必要とのことで、「企画委員会」を立ち上げて検討しよう、となり、以後は石井委員 長からの説明の通りです。 その検討結果として、 候補場所として、.廖璽詁遒離謄縫好魁璽醗董↓∪脹盛盥暫鷦崗譴両緝案、神撫会館 隣接地など 建物の仕様として、.謄縫好魁璽箸鯒兒澆靴討2階建て案、∧寝扱て屋上テニスコー ト案、ミニ体育館機能を持たせてバトミントン部の練習にも使えるもの、て荏覯饂務 局と展示スペース併設の大教室案、 等の学校側の意向を受けての検討結果が報告されました。 併せて、長田・長田商業・青雲高校の「三校連絡協議会」での協議で、 長田商業は、夜間の授業等に使用できるということで特に異論はなかったものの、星雲か らは、テニスコート案では正門(長田の通用門)から星雲の校舎・看板が見通せない、駐 車場案には同意できないということであった。 また、水泳部からは、プールを見通せないようにして欲しい、テニス部からは練習コート の確保をして欲しいといった声が上がりました。 また、3年前の「神撫臺」で100周年記念事業への呼びかけには、「同窓会館」の「設 計や建設は公募にして参加できるようにするべき」という投書があり、翌年の「神撫 臺」では記念事業へのアイデア募集にトーンダウンせざるを得なかったりの状況でした。 そんな時に、前理事長の辞任表明がありました。 後任理事長の人選が難航する中、急遽、三宗理事長に就任をお願いし、引き受けていただ きました。 ですから、「同窓会館」の建設は、神撫会としての願望であるとの認識はあるものの、課 題が多く実現性を疑問視する声もありました。議論すればするほど、それぞれ が思い描く「同窓会館」のイメージは多様でした。 同窓生の利用を考えれば、足の便の良い所でテナントビルを借りる方が良い、母校への貢 献だから在校生のために学校内に造るべき、学校施設なら県が造るべき、100周年のモ ニュメントがよい、等々。 そういう時期に、三宗理事長の就任とともに「代表常務理事」をお引き受けしました。そ して、東京支部で理事の皆さんと懇談させていただいたので、私としては「同窓会館」建 設が規定のことであるとの認識はなく、テーマやコンセプトからの議論に参加していただ くことで、斬新なアイデアも得られ、また、多くの皆さんの主体的参加で100周 年を盛り上げていける。また、校内理事に依存している神撫会の運営にも主体的な参画を してもらえると考えていたのです。 以来、2015年の規約改正や常務理事の増員、東京支部理事の常務理事兼務など役員体 制の強化を図り、2000年以降途絶えていた「神撫会名簿」の発行や神撫会年次総 会の活性化に取り組んできました。 合わせて、いよいよ100周年が近づき、記念事業の企画・運営体制の立ち上げに向け て、昨年春から100周年記念事業実行委員会の規約・組織作りの議論を開始しまし た。急転直下、年末から年始に掛けて、「100周年記念事業推進協議会」規約と組織が まとまり、本年1月7日、学校及びPTAと神撫会による準備会を経て、3月20日の協 議会第1回「本会議」の開催にこぎ着けました。 全体の企画や進行管理を企画調整委員会が担うこととなり、「同窓会館」建設が再浮 上し、今日に至っています。 この3年間は、ある意味で体制の整備強化に注力してきましたが、100周年記念事業の テーマ・コンセプトや事業計画に関しては、従来の周年事業の枠組みに「会館」建設とい う固定観念から脱却できなかったのです。 その辺りの意識差や過去の経緯への認識ギャップに加えて、合意形成への努力不足が東京 支部の皆さんとの不協和音を生んでしまったというのが、私としての反省・総括です。 南山さんの神撫会副理事長・協議会副会長の辞任届を受け、私も「代表常務理事辞任 届」を理事長に提出致しました。 東京支部の皆さんにくれぐれもよろしくお伝えくださるようお願い致します。

 

11

(石井)
同窓会館建設に関する経緯説明
※石井委員長手持ちのメモであるため、配布資料はなし
平成20年6月
・理事会にて初めて話として出てきた
・内山先生(学校理事・25回生)より「“学校側としては”100周年の記念事業として同窓会館の建設
を一つの目標としている。」
・村野理事長(当時)とフルサワ先輩より「長田出身者が県関係に多い今は良い時期だろう」と同意
を得た
・学校側としては実行委員長には表具さん及び高橋さん(共に18回生)を考え、内内にOKをもらっ
ている
平成21年
・企画委員会にて「100周年までやってもらいたいので向けて若い人を選んでほしい」(表具さんより
?)
− 実際に自分達は事業を引き受けない、というスタンス
− (恐らく)結果的に石井の所へ話が回って来た
平成21年4月
・常務理事会にて議題として「100周年事業としての同窓会館建設について」が挙がる
・議論内容
− 同窓会一致の意志としてはっきり確認が取れていないのではないか?
− 敷地・場所の問題がはっきりとしていない
− 建設・維持費はどうするのか?
− 同窓会自体を法人化しないで同窓会館を建ててもよいのか?

→顧問弁護士より「寄付をもらうに当たっても法人化は不要。逆に規制が働いてしまう。」(石井委
員長の記憶)
− (資金の)目標額及び集まらなかった場合の対応を決めておく必要がある
・新校長(当時)に同窓会館を建設するという方向性を伝え、同意を得た
平成22年7月
・100周年ロゴの入ったグッズを計画
→内山先生から南山東京支部長へ依頼
・新校長、同窓会、PTAの三者会合が開かれる
− 三者合同の90周年記念事業実行委員会を設立
− 90周年、 100周年に向けての寄付を募る趣意書・振り込み用紙を7月下旬発送
以上の経緯より、
・“同窓会館建設”は学校からの提案でスタート
・それに同意する形で三者が合意
・企画委員会が開かれていった
・“表具さんが委員長”というストーリーが、(当初は建設に積極的ではなかった)石井の所へ回って
来た
− 建設となれば後に引き難いが建設する事が全体の合意であるならば、と引き受けた(石井委
員長の記憶)
校内同窓会館が必要とされる理由
・過去の学外にあった神撫会拠点:三宮交通会館内、以後2か所
同窓会経費の中で維持費が捻出できなくなり撤退
→維持費負担がない校内建設の根拠
・(他校の例を見ても)寄付によって同窓会館を建設しても、学校に引き継ぐことにより維持費は学
校負担に変える事が出来る(建設費は必要だが維持費は不要)
・平成22年頃に石井と松本代表常務理事で教育委員会次長と会い、教育委員会として引き受けて
くれる事を確認
・「他校にも同様の対応を取っている」(教育委員会次長)
同窓会館建設に向けての進捗状況
・候補地:青雲高校プール側駐車場
− 潰すことになる駐車場以上の台数分を部室前に作る
− 学内理事が青雲高校と協議予定
− 本日の下見でも“建設可能”との建築専門家の見解
− 当初候補としていたテニスコートは、照明器具がついており長田商業も使用しており、それを半
分に切る事は難しい
− また建設に半分使ってしまうと硬式テニスコートとしての水準を満たさなくなってしまう
・候補名称:「100周年記念会館」
− (現時点では) “学生会館”の名称は挙がっていない
− “同窓会館”として同窓生だけが使用するとなれば、利用率は低いと思われる
− 建設するのであれば、皆が使用できるものにすべき
− コンセプトは3つ 「愛校心を醸成できるもの」「学校のニーズに合ったもの」「同窓生が集って同
窓活動が出来るもの」
− 名称に依らず、目標は変わらない
・予定仕様
− 90人規模の部屋×2(2階建?)
− 学校側要望は「1クラスの教室では集められない合同授業や夏季講習に使用したい」

募金に利用する制度の検討
− 寄付を募るに当たり、ふるさと納税を使う場合は「学校側に納める」(甲子園出場時)形になる→
同窓会に対して集める事はできないのではないか?

− 一般の企業(法人)からの寄付はふるさと納税が使えない
→何らかの減税措置を取ってももらえる事を国税局と調整済み(兵庫高校、姫路西(東?)高校の
前例あり)
→この法人からの寄付であれば、同窓会活動に使う事ができる、という協議会の見解
− 財務委員会にて手続き等を検討中
− 建設費用を、これまでの寄付と法人寄付から支出し、備品関係(机等)をふるさと納税の個人寄
付分に使用するのであれば、全体目標額に達する事ができるのではないか
募金状況と見積もり
− 企画調整委員会として見込んでいる建設費用(未整合)は1億5、6千万円(前述の会館仕様で
かかる建設費)
− 祝賀事業・式典費用に2、3千万円を見込む
− 建物のみに全ての予算を使用するつもりはない
− 個人:先日1000万円の募金があったので、現時点での総額は約3000万円
− ふるさと納税:3000万円を期待(甲子園同等)
− 法人:1億2、3千万円を期待
→今回兵庫県下の財界人が多く(関係者として?)入ってきてくれているので、そこが個々の法
人を訪問する工夫を検討してくれている
以上より東京支部の協力が不可欠
<質疑応答>
(石井)
・皆が真剣に取り組んでいる。趣意書を重く受け止めているし、受けた以上は私もやれるだけやる。
・(寄付が)集まらなかった場合にそのお金をどうするかについて、“趣意書に記載しておくのか?”と
いう議論はあるかもしれない。
→次に送って、更にその目標に向かって進んでいくのか。又は(集まらなかった段階で)やめて、
別の計画に使用するのか。
・現在3000万円以上の寄付が集まっている段階では、実現に向けて努力し、知恵を結集しなけれ
ばならない。
・(申し訳ないが)三宗理事長・松本代表常務理事より、東京支部にこれまでの経緯・趣旨は話がさ
れた上で、南山支部長がこのように言っていると考えていた。
・しかし、大寺さんの指摘にあるように、スタートからボタンのかけ違いがあった。「ゼロから始められ
ると思っていた東京支部」
・趣意書は二万枚発送。「見てない」とは言えないはず。覚えていない人もいるだろうが。
(伊藤)
・同級生は誰も知らない。
(石井)
・神撫台が届いている人には行っているはず。
(南山)
・届いても読まない。
(石井)
・折りあるごとに神撫台に載せてきたし、その理解を得る為に三宗理事長・松本代表常務理事が東
京へ来ていると思っていた。それが全く異なった形になっていたと知って“僕ら”は驚いた。
(南山)
・“僕ら”とは誰ですか?
(石井)
・他の常務理事メンバーだ。各常務理事は経緯を知っているので驚いている。
・客観的事実としてこれまで(きっちりと)進めてきているので、そこは理解して欲しい。
・そこへ至るもう少し前の段階で東京支部に知ってもらっておけば良かった、という思いはある。

・折りあるごとに言ってきた事が、東京に全く聞き入れてもらえない、という所で、神戸本部と東京支
部の間に大きな溝が出来てしまった。
・「100周年事業協議会規約」3条(5)に「同窓会館の設置その他のシンボル的な記念事業」と明記
してある。“その他”としてあるのは、同窓会館が建設できなかった時に責任問題にならないように。
なので、(我々は)同窓会館建設が確定したものではない、との認識でいる。
・(100周年事業協議会は)90周年組織から100周年組織へパワーアップするために立ちあげたも
のであるから、過去経緯を前提として動いていきたい。
・祝賀事業等の中身はまだ決まっておらず、これから各委員会で議論を始める所。是非提案は多く
もらいたい。
・財務委員会と企画調整委員会が先行スタートしたのは、目標額、規約等が決まらなければ他の委
員会が動き出せないため。
・その事が、東京支部には、僕が企画委員長として他の委員会を無視して強引にやっているように
映ったのだろう。
・同窓会館を建てるとなれば時間的にはスレスレの状態。
・企画調整委員会としてスタッフも充実させ、専門家も入れて先に進めている。
・決まってしまっているから何もできない、という事は勘違い。
・現在、企画調整委員会には車谷理事が登録している。他の東京理事が委員会に登録する事によ
って、いくらでも発信できる。
・別紙「100周年協議会 企画調整委員会より」は常務理事会にも諮って了解を得ているもの。次の
神撫台に掲載される。
・8月26日15時〜のワークショップにて、事業内容含めて多くの意見を吸い上げる。それを各委員
会に振り分け、検討する予定
・私は民主的に進めてきているつもり。過去に私が学校とどのように関わってきてかは、別紙「六十
年記念誌記事」を参照して欲しい。
・長田高校が荒れていた時代を、私なりに考えて元を作っていった。人に負けない愛校心を持って
いる。
・兵庫高校の100周年事業時には、運動部の一部が対立関係になってしまったそうだ。同窓会館建
設趣旨が「ブラスバンド部の練習に使う」という噂が固定的に伝わってしまったため。特にラグビー部
は募金もせずに反対だけして終わってしまった。長田はその轍を踏みたくない。
・南山支部長も母校を愛するものとして「一緒になってやっていこう」という気持ちは同じはず。
(山口)
・直接お話しを伺えて非常に良かった。
・今回(東京支部が参加するのには)タイムラグがあったが、同じ時間軸に入っていれば同じ進め方
をしたのではないかと思う。
・税制の為に名称を工夫しているという所は、「名称が本質的なものではない」、と感じた。
(石井)
・“同窓会館”“学生会館”と書くとどちらかに偏ってしまうので、ニュートラルに“100周年記念会館”(
仮称)としている。使用目的は変わらない。
(山口)
・実際に卒業生が集まる場になりえるのか。それを目的にするのであれば、過去の三宮のような場所
に設ける方がアクセス等含めて集まりやすいのではないか。
(石井)
・当初は私もその案を言っていた。しかし、神戸高校・兵庫高校・星陵高校といった名だたる高校に
同窓会館がある。(それを踏まえて)学校側から会館建設の話が出てきた。実際に使われるものであ
れば、それもいいのではないか。
・運用でその場でビールなどを飲めるようにするか、というのは次の段階の話。
(山口)
・東京は結構集まっているが、神戸ではあまり同期同志が集まっていないと聞く。
(石井)
・神戸でも良く集まっている。私達26回生も2年に1度、奇数年のお盆前土曜日17時半に必ず同期
会を開いてきて20数回を数える。
・学校側に行ってみたい、という声も多くある。ただ飲み会は中華料理屋などなので、そこへ直接来

る人間もいる。
・同窓会という形で記念会館をどう使うか、という工夫は必要。現役学生が使う機会の方が多くなる
事は明白なので。
・それを補完する手段としてネット上に作るなど、いろんな方法があるはず。
(南山)
・校内の敷地に建てる、という前提はいつ決まったのか?
(石井)
・平成22年頃。現在会計監査の松田氏が教育次長を務めていた時に、財産担当のイマゴ氏を呼ん
で話をし教育委員会の了解を取った。
(南山)
・その時には、同窓生が会館で飲酒可能か不可かは分からなかったのか。
(石井)
・現在でもまだ決まっていない。
(松本)
・その頃は同窓会館なのか、記念会館なのか、という議論もしていない段階。先輩から引き継ぎ、検
討を始めた。
・長田高校の中に作った場合、県の財産としてもらってくれるか、くれないか(=維持費をもってくれ
るか否か)の了解を得る事が必要だった。
(南山)
・神戸高校も同窓会館が敷地内にあるのか?どのような使い方をしているのか。
(松本)
・神戸、星陵は隣接した敷地の外。兵庫高校は完全な敷地内。
・神戸、星陵は飲酒可で会場使用費を徴収しており、維持費に回している。クラス会などもそこで開
いている。
(南山)
・1mだけでも敷地外に出す事ができないか、学校向かい等に敷地を借りて建設し、むしろ同窓生
が集えるものと出来ないか、と以前に提案した。
・“同窓会館への夢”は同窓生が主体となってやるもの。
・「3つの目標は変わらない」との事だが、我々にしたら、全く変わってしまっている。その目標は敷地
内に建てる事を前提としているのでは。
(石井)
・その「3つの目標」を入れる事が記念会館のコンセプト。
(南山)
・80周年の時に「記念会館」と言っておけば良かったかもしれない。
(松本)
・それぞれ同窓会館に対して違ったイメージをもっていたかもしれないが、詰めた議論はせずに、話
を引き継いだ。
(石井)
・その3つの目標は文字として神撫台に掲載した。
− 松本代表常務理事持参の平成26年7月1日発行74号を回覧
→南山支部長のアクサムにて撮影した写真がその記事内に併せて掲載されていた
「神戸三中・長田高校の歴史を保存展示するもの」
「愛校心を高揚するもの」
「在校生も利用できる、利用率の向上が見込まれるもの」

(石井)
・「見てない」と言われたら、他に方法がない。インターネットに載せても同様。
我々は「見たもの」としないと前に進めない。
・歴史的過程の中で動いているという事をまずは理解して欲しい。
・10年程かけてやっているので、その活動を無視して欲しくない。
(松本)
・3年前に“同窓会館”として載せた。翌年に一歩戻って「アイディア募集」を行い、そこへ東京支部
からの意見が寄せられた。
・神撫台以上の情報伝達手段がない。
(南山)
・東京ではそれぞれの回生やML等を使っての“マスコミニケーション”というより“口コミ”を先に考える

(山口)
・これからのネットワークの構築から始める事が必要ではないか。
(南山)
・それによって、募金の額も大きくことなってくるはず。
(石井)
・神戸としても、東京支部の力を借りなければこれだけの額を集める事はできないと認識している。
一枚岩となって進めるべき。
・これからのやり方は共に建設的に討議する事ができるが、過去を否定されると常務理事会に取り
次ぐ事が出来ない。
・規約にも書いてあるように、同窓会組織でのみ行っているのではない。
→末尾「本会議に準じた委員で構成される協議会の設立準備会において、承認された日から施
行する。」
→9条4項「本会議は、役員、各委員長・副委員長及び部会長、事務局長及び事務局次長並び
に会長が特に 必要と認める委員その他の者で構成し、議長は会長が務める。」
→5条「会長は、神撫会理事長をもって充てる。副会長は、長田高校の校長及びPTA会長並び
に神撫会副理事長をもって充てる。」
全体で構成する事を前提とする「本会議」にてこの規約が了解を得たのが本年1月7日。
・協議会でやるべきことは3条に列記。同窓会館設立も大きな議案だが、他にも決めていかなければ
ならない事が山積みであるのが現況。
・必死でやらなければ間に合わないと感じている。
(南谷)
・県で維持費が負担してもらえる、という事は、長田高校の予算から出す事になるので、学生達が使
える金額が減ってしまうのではないか。(例:黒板備品が買えなくなる)
・子供達に迷惑がかかる事が心配。
(石井)
・予算査定の話になってくるので、今約束はできない。
・節約しながらでも、維持費として増える費用分は吸収していこうと考えてもいるし、増額になるかもし
れない。
(松本)
・現実はシビア。職員室にメーターがついており、電力契約の上限値が近づくと、職員が学校中を
回って電気を消して回っている。
・査定の際には「同窓会館維持費を含めてよ」という事が前提になっている。
(石井)
・今、2階建の同窓会館建設で一番問題になっているのは、ユニバーサル仕様に準じてエレベータ
ーをどうするか。身体障害者の人も学生になってくる以上必要だろう。簡易的なもので可能か、建設

チームが検討中。
・実際に車椅子の生徒もいるので、車椅子一台分が乗るようのものだけでも確保したい、と言う意見

・それらを含めた上でも学校側は欲しいというのが現況。
(車谷)
・基本的には賛成。
・”100周年記念会館”ではやはり同期会はやりにくい。料理やお酒を持ち込んでの同期会が開催で
きる運用ならば魅力が増す。
・普段は大いに部活・授業に使ってもらえば良い。例えば土日の夜は飲み会の場所として、生徒が
来ないようにする事はできないか。
(石井)
・許されるかは、長田商業、青雲高校との関係次第。
(伊藤)
もし同窓生が使えないのであれば、「100周年記念会館は卒業生も使える」と言う前提と異なる。
予約すれば夜は自由に使える、という事はできないのか。
(石井)
・恐らくティーパーティは出来るはず。横で授業が行われているのにアルコールが提供される事への
抵抗感は大きい。
(松本)
・今の時代は学校内で飲酒する事自体が許されない。
・ティーパーティでは男性陣は満足できないかもしれないから、そのまま2次会に行くことになりそうだ
が。
(車谷)
・3つの目標のうち「同窓生が集いやすい」という所も大切。
(松本)
・同窓会館の活用方法について皆で知恵を出し合う事が必要。提案はまだいくらでも受け入れられ
る。
(南山)
・建物は「こういうものにしたい」があって形ができる。作り上げた後に「何を伝えようか」というのは順
序が逆ではないか。
(松本)
・既に逆転している。
(山口)
・東京支部としては本来楽しい検討プロセスに一から携われるのであれば良いのだが、既にそのス
テージではない。
・その制約条件の中で東京支部として何ができるのか。
(松本)
・神戸側もそういう討議を経て作る事を決定したわけではなく「とにかく作ろう」から出発している。
(石井)
・活用の仕方によっては魅力的なものにできる。OBのギタリストが演奏する、音楽部が発表する、ギ
ター演奏のステージとして若者にOBから提供してあげる事もできる。人は多く集まるだろうが、そこ
にアルコールは必要ないはず。
(南谷)
・防音設備にする予定はないのか?

(石井)
・音楽部(吹奏学部?)顧問の意見を参考に楽器のパート練習に使えるように防音を予定している。
・兵庫高校がブラバン練習を広い平屋で行っている事が念頭にあったので、吹奏楽部の顧問に尋
ねたところ、大きな楽器を移動させるのが大変なので、パート練習が丁度良いとの事。
(南山)
・建てる事は決まっているから、その器に対して東京支部がアイディアを出すか出さないか。
(三宗)
・前理事長からの引き継ぎは全くなかったので、私は会館を建てるという事を知らなかった。
・常任理事会の出席者に問うと半分が建設反対だった。
・私は建築家なので、費用・技術も理解している。建設費の高いこの時期に本当に建てるのか、と考
えていた。
・コンセプトがとても重要。それで全て決まる。
・私は神戸の地から世界に発信できる人間を育てたい。
・閉じこもっていない、世界に開かれているもの。
・石井企画委員長の話を聞いて、苦労を見ていると建設を前提にしなければいけない、という気持
ちになってきた。
・1000万以上寄付を出してくれている人もいる。趣意書も先日初めて見た。
・それならば同窓会館にグローバルな方向を埋め込んでいってはどうか。
・数カ国のネイティブを入れて交流会をしても良い。
・校長先生とも「グローバル」の話をした。
・例えば1億5千万の半分は建物にかけ、半分はソフト・人にかけても良いのでは。
(車谷)
・記念会館の前提に、皆で考えて“魂”をこめていく。建物があり、周辺の事業があれば良い。
(三宗)
・一定の金額は積み立てておいて、グローバルな人間という逸材を育てる為に使えば良い。
勉強や、海外に出て行く為の手助けをしてやる等。
・「ここに記念館があるから、それが出来るんだ。」という事にすれば気持ちも高まる。
(石井)
・国際交流のサロンでも良いし、グローバル企業を呼んでの講演の場にしても良い。
・別紙説明文にも「グローバル」という言葉を入れようとしたのだが、現在の長田のHP等みると、必ず
しも海外だけではないようだ。なので「国内外を問わず活躍する人材へとつながる。」とした。
・偏差値だけでなく、トータルに活躍できる人間を求めている点は変わっていないだろう。
・ここの考え方からもLeading Visionは出てくる話。
・ここからも今、定着している100周年のデザインを使いたい、という思いだ。
・南山支部長からは、「コンセプトが異なるので、デザインの使用については、検討させてほしい」と
の事だが。
(南山)
・常務理事会では一度、「(現在のものは)使わないようにしましょう。このコンセプトに合ったものを作
りなおした方が良いのではないか。このスローガンのもとで皆から募集する。」という話になった。
・その次に出席した時には「やはりグッズももう作成してあるので、これでいいのでは。」という話に変
わった。その”柔らかさ”に(疑念があったので)、回答をキープしている。
・建物の建築前提は良く理解できた。
・どのような魂を込めるか、というのが100周年のビジョン。そのビジョンがあれば寄付に際しても説得
できる。
・そのコンセプトを作る余地を東京側にも与えて欲しい、と訴えた。募集しても勿論良い。
・その上で決定したスローガンでロゴを作りそれに沿った建物にすれば良い。
(三宗)
・建築に際してはいろいろな条件があり、それは否定できない。それを全て飲みこんだ上で自分の
発想を作らねばならない。
・私の考えは「同窓会館があるのであれば、それを利用すれば良い。」

・最初にこちらのコンセプトがあって、それを同窓会館にぶち込んでいけば良い。
・最初は反対でもあったが、歴史的な流れが有ることが分かったので、それは出来ないと理解した。
(伊藤)
・理事会で半分反対していた方達は、今どのような意見なのか。
(三宗)
・先日90周年の趣意書を流してから反対意見はなくなってきている。
(伊藤)
・神撫台を配布して周知されているとの事だが、実家に届くなど手元に届いていない人も多いはず。
本部名簿にあるメールアドレスで流してもらう事は出来ないのか。実家に届いている事さえ知らない
人は本部への住所更新手続きもしない。
(石井)
・名簿の更新がこれまでの課題であったが、先日の名簿発刊に際して更新され、確度は上がったは
ず。
(車谷)
・個人の住所変更は各人が事務局に電話して行うしかない。
(松本)
・本部名簿にメールアドレスの登録はない。
・HPに神撫台を公開しよう、という動きはある。
(石井)
・若い人からはネットを要望されるが、高齢者は「(ネットでは)記念にも残らない」と紙媒体を要望さ
れる。
(車谷)
・維持費にこだわって敷地内に建てたいのであれば、ふるさと納税(3000万)を利用する考えを捨
てて、学校の隣接地(もしくは山の方にでも)に土地を借りて、生徒が歩いて利用しに行く事はできな
いのか。
・同窓生が宿泊も飲酒もできる可能性のある建物が、神戸高校方式のようにできれば、3つの価値が
高まるのではないか。
(石井)
・過去の交通会館の例からも固定経費が未来永劫かかるのは、大変な負担である。それで3回失敗
してきている。
・今の見積もりよりも更に隣接地の取得費用がかかるのは、非現実的。
・まず長田周辺に適切な地がない。
(車谷)
・国有地の払い下げは簡単だと聞いていたので、六甲山の麓として山の方で公園化した場所にログ
ハウスのような施設を作れば良いと考えていた。生徒は走っていって普段に使ったり合宿したり。同
窓生もネットで申し込んで利用できれば。使用料は積み立てて維持費に回す。
(石井)
・現実的にはその為だけに人は置けない。
・生徒が限られた時間の中で行き来できない。
・図書館の部分と同窓会館で二つ管理せねばならなくなる。生徒が利用する際には鍵を開けてやら
なければならない。
・実際の運用を考えると難しい。
(南山)
・1年半年位かけて呼びかければ見つかるかもしれない。
(石井)

・実は高校の向かいに「売りたい場所がある」という情報があったのだが、消えてしまった。
・同窓生からそういう話も入ってきている。
(井川)
・会館の中に先輩とコンタクトが取れるような仕掛けがあれば良い。
(石井)
・立派な先輩達を展示して、生徒達が連絡取れるようにしても良い。同窓の大学生が「先輩がいるな
ら」とふらっと寄れるような利用も良い。
・東京支部として各委員会に誰がどのように関わるのか。今確定しているのは車谷理事だけ。各委
員会に入ってくれれば。
(車谷)
・東京から常務理事は6名いる。
・東京からも上手く協力ができるような体制にしたい。
− 石井企画委員長から直近のメンバー表を見せて頂く
→車谷理事受け取り
(石井)
・委員長が委員を指名できるようになっている。
・委員長に「東京支部としてここの委員会に入りたい」と言えば、いまなら可能。
(南山)
・東京としては広く参加したい。委員会、ワークショップにはなかなか参加できない。
(石井)
・声を反映させたいのであれば、会議に参加は出来なくても席を確保しておけば意見を言う事が
できる。
(車谷)
・旅費が1万5千円出る。
(南谷)
・それは常務理事だけ。
(石井)
・各委員会に入るのは常務理事でなくても出来る。
(南山)
・今日の為に14名の東京理事が意見を出しに集まった。ワークショップも同じ日に東京で開催で
きないか。
(石井)
・東京でやってもらっても良いが、それを誰かが神戸側に伝える為に来てもらわなければならない
。各委員会を通じて反映させてもらいたい。
・そういう組織体制なので、別の組織を作るわけにはいかない。
(南山)
・別組織ではなく、企画調整委員会から「アイデアを出してください。」と言ってくれれば良い。
・アイデアは沢山出すが、神戸への伝え方が分からない。
・委員会の窓口が狭く見える。
(石井)
・委員会に参加できるような交通費補助の制度も作っているし、委員になればメールで発信する
事もできる。委員を窓口にしてもらいたい。委員会はオープンにやっている。

<同窓会館建設自体について>

賛成:
・校舎利用なら良いのではないか。

・苦労をして練習している吹奏楽部のために、防音仕様の練習室も良い。

・在校生に活用してもらえる施設なら、賛成。
ただ、同窓生も同時に使えるような、とか、あれもこれもと欲張ると、却って中途半端なものになりがちなので、そこは留意が必要。

・箱物事業はキッカケと大義が必要だと思うので、気運が高まっている今を逃しては建設できないと思う。
ニードと運営の見通しがあるなら、賛成です。

・周年事業としての箱物建設は既定路線だろうからそれは止められないと思う。
無理のない範囲の金額で建設して、無理のない範囲で運営できるのであれば大賛 。
たくさんの各部門で活躍する優秀なOBがいるから、建設も運営も安く安定的にできるはず

・在校生のニーズを掴み、OBが交流することで
学校の負担が軽減できるのであれば、大賛成。


条件付き賛成:
・OBの為だけなら不要。2クラスぶち抜き講習ができれば現役生がすごく有用なんだったらそれは良い。


反対:
・今あるもので、代替できないのか?有効に使えるものなら、賛成だが、あってもなくてもいいものなら、必要ない。

・ただの校舎拡張目的になっている。同窓生も使えないと、意味がない。みんながつどえる場所であるべき。

・在校生にしろ、同窓生にしろ利用するイメージがわかない。

・少子化の時代、校舎拡張でなくリノベーションにお金を使って欲しい。

・90名合同で何がしたいのか?今の教室をブチ抜くとか。

<同窓会館の使われ方について>
・無理しない程度に寄付で集めれる金額で、OBも気軽に集える場所。
サロンのようなお酒が飲める場所にして欲しい。

・テナントを入れて家賃を取る。

・放浪癖(ユースホステル同好会の喫茶店)や長たこ(東京支部のたこやき屋台)を常設。 

・貸会議室にして外部にも貸し出す。

・長田の場合、現時点で現役生のニードがあるのは、良いことだと思う。
2クラスが入れる部屋があれば、吹奏楽部のみならず、通常の教育活動でも使ってもらえるだろうし、
利用料金によって運営費も多少とも賄えるだろう。
同窓生も気楽に構内に出入りすることで、現役生と相互に刺激を与えられると良い。

<維持費について>
・確かに当初は建設費用を、寄付金頑張って募って工面すればなんとかなるかもしれない。
でも建ててしまったものは竣工の瞬間から管理が必要。
将来にわたって費用捻出を考慮しての施設建設なら異論ない。

・とある県立校の敷地内にあるOB会館には、学生の作品や賞状、トロフィーなど、飾ってあった。
利用時に一番困ったのは、クーラーや自動ドアが途中で故障してしまい、灼熱地獄になった事。
その時、この施設どれくらいの頻度で利用しているのか、気になった。

施設を持つということは、持続可能な管理運営体制をどう担保するかを合わせて考える必要がある。
バスターミナルや駅の管理にも関わっているが、10年経つと、あちこちが痛み、費用が発生する。
その仕組み作りにいくらか予算を回せないか?

<建設の意義について>
・学校要望として県に挙げる際に、在校生徒のためではあるが、寄付金を募ることが条件になったのでは。
そこで、100周年記念の同窓会館建設ということになったのではと思う。
授業に本来必要なものなら、県が建てるべきだが、部活等の用途であれば、学校都合で建設を、となるのだろう。
いずれにしても、今の学校、生徒の活動を応援すること、それは卒業生からの寄付という形になると思う。

・現在、とある歴史ある社会福祉団体に携わっているが、一番感じる事は、「意志を受け継いでいく」事の難しさだ。
その時の構想や意思を継承していくことは、お金の捻出と同じくらい難しい。
もちろん、時代のニーズにあわせて利用形態を変化させていく事は可能だろうが、
その時代の流れの中で「あの建物ってなんなんだ?」と言うような事になるのは哀しい。 


<寄付について>
・寄付金無理、ふるさと納税も微妙。

<事業運営について>
・建設計画だけ進んでるって聞くと、何かしらの利害関係を疑ってしまう。

・お金の使い方や議論の進め方について、透明性が確保されていて、
特定の人や団体に特別な利益がもたらされるようなことのないような仕組になっているのであれば、異存はない。
例えば、業者発注のうえでも、形だけではない相見積もりがなされているとか。

・もう一度建設目的(趣旨)をはっきり知らせて欲しい。

・大学時代のクラブでは、関電や大阪ガスなどの安定株を購入して基金として立ち上げ、 
毎年、寄付だけでなくこの基金からの収入を現役支援の活動に当てていた。
(そのクラブはもうすぐ100周年で、基金を立ち上げたのは随分昔。経済事情も今とは大きく異なるが。)
後の人達に、金銭的な苦労を生み出さないような配慮が必要と思う。
長田も基金を作ってみてもいいのでは。

・これからは趣意の周知と寄付金協力の呼びかけが重要になってきそう。

・利用目的、施設の内容をどのようにしていくか?
論点をそこに移していくほうがいいような気もする。
色んな学校の情報を集めて研究してみてもいいのでは。

<今の神撫会館の活用について>
・旧「同窓会館」をどうすのか?ここも維持費が多少とも掛かっているはず。

・現在の神撫会館は重要文化財だから、潰すことはできず、保存するしかない?
昔、迷い込んで発見したときからすでに忘れ去られた存在だったが、
せっかくの重要文化財だから素敵なスポットにするのはどうか?

新しい建物を横に作るとかえって廃墟感が増すだろうし、
昔からの伝統ある建物をいい形で保存できれば良いと思う。
例えば、OBが一年に2、3回建物の周りを除草作業して、その後飲みに行くイベントにするとか。
そもそも雑草が生えないようにグランドカバーの植物を植栽してもらう、とか
暗かったように思うのでソーラー式の投光器でライトアップするとか、
雑草がなくなったらベンチでも置いて内外の待ち合わせスポットにするとか。

・活用できる百周年会館をたてると同時に、
現神撫会館のことも忘れない存在にして、維持できるならしたい。

<他校同窓会館の例>
・10年ほど前まで神戸高校の音楽部OBが中心の市民合唱団に入っていたが
練習場は神戸高校の同窓会館(S31年完工;HPより)。
当時すでにボロボロだったが、建物自体は立派で
「さすが神戸高校!」と少し羨ましかった。

神戸高校筋の話によると、その同窓会館の改修はかなり前から懸案で、最近?リニューアルされたよう。
HPをみると、骨格は同じだが、見違えるように美しく立派になっている。
同窓生と現役生、さらに一般にも開放されWEB上で予約できるよう。
https://kobe-hs-dosokai.or.jp/facility.html

・神戸高校オーケストラ部OBの妻が言うには、
卒業後、オーケストラ部の集まりで同窓会館で現役生達と練習し、パーティーもしたことがあるらしい。
学校内の敷地なのにお酒が飲めたと思うとのこと。
OB会費で運営してるので、主目的は「OBのための施設」と言う建てつけらしい。

※補足:同窓会が管理・運営する同窓会館であり、在校生からも利用料を徴収している事から
隣接してはいるが、高校の敷地外かと推測される
https://kobe-hs-dosokai.or.jp/active.html

・神戸高校の同窓会館は中小企業経済同友会の会議でよく使用している。

・娘が通っている市立西宮高校は、同窓会館はなく、図書館をOBや市民に開放して交流の場としてるらしい。
娘に言わせれば、「新しい建物を作るなら、今の古い校舎を改装して、さらに完全冷暖房完備にしてほしい」とのこと。

・単身赴任してる地元、彦根東高では、90周年事業として同窓会館を作ったが、
今は主に学生の宿泊施設として利用してるらしい。かなり大きな施設。
http://www.hikonehg-h.shiga-ec.ed.jp/establishment

・兵庫県立大学は、今回の記念会館のような主旨で、三宮のオフィスの一室を借りて、勉強会や、OBの交流会、自習室などで、使われているが、
「あるから使ってるけど、ないと困るものではない」という感じ。


<同窓会館以外のアイディア>
・記念は植樹くらいにして、奨学金制度や、優秀な学生に海外留学の機会を与えるような基金として使われる方が寄付したくなる。
・神戸商科大のOB会では、数年前に兵庫県立大学になって10周年の記念として1億円の寄付を募っていたが、学生の奨学金などに使われるそう。

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http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/handle/2261/32527

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若者よアーティストを目指してください!
ロスト・ジェネレーション・フォトグラフィー展


2011年開催のAsaianPhotArts展のDM
若い人にとって自分の能力を最大限に発揮して自己実現できるアーティストは憧れだと思う。世の中の大多数の人は、交換可能な誰にでもできる仕事を我慢しながら続けている。構造的な不況が長引く中、自分を殺しながら続ける仕事すら既得権化しているという。いま多くの若者は極端に現実的でアーティストを夢見るどころではないという意見も聞く。アーティストを目指す人が少なくなると、優れた才能が現れる確率はどんどん減少していく。活気のない業界が更に沈滞するだろう。個人的には、若い人は自信過剰であって、ある程度リスクをとって欲しいと思う。
私はアーティストとして社会に認められることがすべてではないと思う。アーティストは世の中と能動的に対峙する生き方のことだと理解している。サラリーマンを続けながらアーティストの精神を併せ持つことも可能だと考えている。 
この厳しい環境下、ある程度経験がある年長者はアーティストを目指す若者たちを確信犯で応援しなければばらないと思う。業界が長い人は自分なりの考えを持っている。それに同調する人だけを応援することが多い。それは若手支援ではなく、自分の支配できる若者を増やそうとする行為だろう。理想的には若い人たちが中心になって活動を行い、その中から優れた才能が育っていくことだろう。しかし、経験と実績がない人たちが集まってもどうしても自己満足か、けんか別れで終わることが多い。経験者と新人がうまく噛みあって協力できればより効果的に活動ができるはずだ。

Asian Photo Artsはヴィジュアル表現でアーティストを目指す若者たちの緩い集まりだ。日本人だけではなく、韓国人、ロシア人も参加している。写真家だけではなくデザイナーなど、クリエイティブな仕事を行っている人たちがいる。緩い集まりのいいところはグループが外に開いているということ。これはとても好ましい。アーティストは独立していないといけない。しかし、お互いが精神的に独立していればグループでの活動には様々なメリットがある。 私は上記の理由からこのグループの活動をお手伝いしている。彼らは昨年に続き今秋に広尾のインスタイル・フォトグラフィー・センターでグループ展を開催予定だ。メンバーの入れ替わりがあり、今回新たな参加者を募集している。やはり周りの意見を受け入れずに自分のエゴを通そうという人がメンバーから離れていったようだ。若い時の作品展示は、自分のメッセージと社会とのギャップを見つけることが目的だと思う。そして問題点を改善して自作にフィード・バックすることが重要なのだ。オーディエンスのリアルな反応を取り込むことで作品の完成度が上がっていく。自分の考えに固執するオール・オア・ナッシングの人は、アーティストとしてメッセージではなく、アーティストというエゴの幻想を追っているだけなのだ。私は若者に自分の将来の可能性に対して、悲観するよりは多少自信過剰になって欲しいと考えている。
今秋のグループ展は特にAsian Photo Artsのカラーを出す目的ではなく、アーティストを目指す若い人の展示と理解している。年齢上限は40歳なので、今年の春に行った「エマージング・フォフォグラフィー・アーティスト」の若者版にあたると考えている。私として自分が良いと思う方法で写真を選んで展示するだけの自己満足のグループ展にはしてほしくない。内容レベルはともかく、アート作品として必要十分条件だけはクリアして欲しい。そのために、それぞれの参加者のポートフォリオの問題点は厳格に指摘するつもりだ。結果的にアートとして要件を持った作品作りに協力していきたい。作品評価は最終的にオーディエンスが行えばよいと思う。

社会変化を作品テーマに取り込む
現状認識の次に未来を提示できるか?

Blog 
(C)Terri Weifenbach /RAM

テリー・ワイフェンバックの新作は中間層の没落を意識した作品だ。その社会的状況については専門家が様々な解説を行っている。個人的には、サラリーマンの経験から次のように理解している。
私の新入社員時の仕事は事務が中心だった。コンピューターは存在したが、大型の企業向けのものでデータの入力や情報検索も仕事の一部だった。当時の事務はかなり複雑。それをこなすのには熟練が必要で会社ごとに人材を育成するのが一般的だった。それは工場の労働者も全く同じ構図だったと思う。それゆえ、当時のサラリーマンは長期雇用と年功序列をもとに安定した生活を享受出来た。これがいわゆる中間層。中流も同じ意味だ。いま思い返すと驚くべきことだが、当時の労働者は時間を企業に売っているという感覚があった。自由時間には消費で自分らしさを追求できると本当に信じていた。いまの中国はそんな感じなのだろう。
その後、資本主義がニューエコノミー、いわゆるポスト工業社会へと移っていく。労働者をとりまく環境が変化するわけだ。それは国境を越えて資本や人材が移動する、グローバル経済であり、インターネットやパソコンが普及する高度情報化社会の到来なのだ。社会とともに消費者も変化する、それまでの一元的な大量消費、大量生産から、より多様で個性的な生産と消費が主流になる。生産は、機械化、IT化が進み、労働コストの安い場所へとシフト。結果的に一般商品の販売価格は下がり続けることとなった。先進国では、それまで中間層が担っていた業務が減少。仕事は、新しい価値を生み出すものと、定型的な単純労働へと二分されるようになった。 しかし、いままでの中間層は誰でもが創造できる労働者になれるわけではない。多くは貧困層へと没落していったのだ。
この世界経済の大きな流れは1980年代に米英で始まった。そして90年代後半から2000年以降には日本社会も巻き込まれることになる。構造改革を目指した小泉改革はその流れを推し進める試みだった。米英社会が日本の未来図とすると、日本の中間層没落はまだ始まったばかりだろう。

さて写真家は常に社会の変化を作品テーマとして取り上げる存在だ。欧米では、上記変化をテーマにした作家が数多くいる。私の知る範囲でも、全米に広がるロードサイドのモールやショップなどのドキュメントを通して消費社会の変化を問うジェフ・ブロウスや、ブライアン・ウールリッチがすぐに思い浮かぶ。この変化をより世界的に俯瞰的にとらえているのがアンドレアス・グルスキー。彼はグルーバル経済の進行と最新の消費の現場をテーマにしている。その影響を南欧に見出すのがエドガー・マーティンス。彼はその後、米国の住宅サブプライム・ローンをテーマにした"This Is Not a House"を発表している。オリボ・バルビエリも自然観光のツーリズムを消費の一環としてとらえている。広く解釈すると、ワイフェンバックの新作もこの流れの延長上にあるといえる。

このテーマに取り組む写真家の多くは、社会変化の現状認識とその提示で終わっている場合が多い。はたしてワイフェンバックはその先になにかを伝えようとしているのだろうか。私の気になるのは、軽くないテーマに反して作品群が明るくて心地よいことだ。このギャップは何なんだろうか。彼女はフォーカスが一点に合い周辺がぼやけているスタイルで、一貫して自然を取り込んだ写真を撮影し続けている。本作でもそのスタンスが不動だ。私はこれが明るい庭での瞑想に近いと感じている。その行為は目を半開きにするので彼女の写真のような雰囲気になる。瞑想は過去や未来に囚われている自分を現在に取り戻す行為。私はそこに、いまこの時間に集中すること、そして自然の一部としての人間が強く意識されていると感じる。何らかの理念に囚われるよりも、その方が自由な精神で社会生活を送れるという見立てではないか。理念とは、たぶんアメリカン・ドリームであり、宗教だと思う。アーティストとして、資源を消費して経済成長を続けるいままでのシステムに限界を感じていることもあるだろう。本作では彼女の一貫して発していたメッセージがより明確になったと感じている。

中間層の没落でアメリカが何を失ったのか?
テリー・ワイフェンバックの新作
「Between Maple and Chestnut」

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(C)Terri Weifenbach /RAM

来週の23日(水)より米国人写真家テリー・ワイフェンバック(Terri Weifenbach)の新作写真展「Between Maple and Chestnut」を開催する。彼女の個展は、「Lana」、「Another Summer」についで3回目だ。本来は連休明けに開始予定だった。Nazraeli Pressのこだわりの写真集制作が遅れスタートが5月下旬にずれ込んだ。素晴らしい出来栄えの写真集も無事に到着、現在展示の最終準備を行っている。

彼女の作品の多くは自宅のあるワシントンD.C.郊外の裏庭、公園周辺で撮影されている。撮影対象も、空、花、木、昆虫、木葉、小枝、草などが中心。ピンボケ画面の中にシャープにピントがあった部分が存在する、何か夢の中のような瞑想感が漂うイメージで知られている。様々な焦点距離のイメージが普通のシーンを魅力的にする。写真によっては草や飛んでいる昆虫にフォーカス。身の回りのありきたりのシーンも決して静止しているのではなく、風や昆虫たちの動き、光の変化で、まるで万華鏡のように常に変化している様子を表現している。しかし、彼女は自然を美化した作品を目指すロマンチストではない。あくまでリアリストの視点で自然を観察して自分なりのアプローチで作品に仕立てている。欧米ではナン・ゴールディンと同様のアプローチの作家だと評価されている。つまり誰でもが共感できる日常生活の一部を観察し、まるで写真日記のように抽出しているということ。ゴールディンは個人的で性的体験に向かっている一方で、ワイフェンバックは自分の周りの自然風景に向かっているのだ。

彼女のいままでの作品は、時代との接点がややわかり難いものだった。それが、前回の「Another Summer」あたりから社会の価値観変化を意識したものになってきた。新作も米国社会が経験している中間層の没落という大きなテーマが意識されている。本作タイトルに含まれる「メイプル」と「チェスナット」の名前が冠されたストリートは、かつて米国全土で見られたありふれた光景だった。それは新しい生活を始める中流アメリカ人の郊外生活の象徴でもあったという。私はビル・オーエンスが1972年に発表した写真集「Suburbia」(郊外)(Straight Arro Books刊)を思い出す。同書は戦後の米国消費社会の頂点の時期をとらえた貴重なドキュメント作品。ここには、写真と住民たちのコメントを通して郊外生活を満喫する中間層の幸せな気分が表現されている。消費生活を楽しんでいる住民たちのコメントと現実を忠実に写す写真とに皮肉っぽいギャップがみられるところも興味深い。家、家具、電気製品、クルマ、ペットなどのモノに囲まれて幸せそうにしているこの時代のアメリカ人のポートレート、家族写真は、消費での自己実現に目覚めた80年代の日本人、そしていまの中国人と重なってくる。

しかし21世紀の米国では、かつての田舎風の家に、木々が生い茂り、緑の芝の庭が広がるような郊外シーンはほとんど見られなくなった。特に90年代以降、新自由主義的な経済が浸透し、中間層が急激に没落していった一方で、古い不動産が修繕されて状況は様変わりした。
本作にワイフェンバックが取り組んだきっかけは、彼女が友人の新しい家を探している途中に行き止まりの道に迷い込んだことだった。そこは自動車が通ることもなく、外の世界の影響から完全に隔たれた孤島のような場所で、50年代以降の郊外の雰囲気や歴史を残していた。彼女は古き良き時代の気分を感じるその地を約1年半に渡って撮影。やがて住民たちは年老いたかつて中間層世代ではなく、若い富裕層家族に移り変わっていることを発見するのだ。
ワイフェンバックが今回撮影した新しい「メイプル」と「チェスナット」は、裕福な若い世代が住む場所に変わっていた。しかしこれは変化の断片でしかないのだ。いま全米では、かつて中間層が住んでいた場所で様々な変化が起きている。
本作で、彼女はただ古き良き時代の残り香を現在に紡ぎだしたのではない。テーマに取り上げているのは、中間層の没落によりアメリカが何を失ったかを問うことなのだ。彼女は、一種の希望である純真さをアメリカはなくしたと述べている。それは、誰でも成功のチャンスがあるというアメリカン・ドリームがもはや存在しないという意味なのだろう。
本作には光り輝く、美しい郊外の写真が数多く収録されている。しかし、いまやそれらは普通の情景ではない。きれいで何気ないシーンの背景に、アメリカ社会の変化をとらえた作家の冷徹なリアリストの視点があるのだ。

「Imperfect Vision(侘び・ポジティブな視点)」
写真展の見どころ・注目点

Blog1

21世紀に入ってからの日本アート界で目だったのは、クールジャパンを標榜する現代アート作家たちの活躍だった。そのなかでも特に村上隆の追求していたテーマにはかなり共感できるところがあった。大衆芸術の浮世絵、マンガ、アニメ、ゲームを日本美術史の流れのなかで的確に分析した上で、自作の過去とのつながりを明らかにし、ポジションを論理付けした点はすごいと思った。 
素朴な興味として、同じような展開がアート写真分野でも出来ないだろうかと感じていた。欧米の価値観で評価された写真ではない、現代日本人がリアリティーを感じる写真の追求は私のライフワークのひとつになっている。

インスタイル・フォトグラフィー・センターで現在開催中の「Imperfect Vision」はその一環ともいえる写真展だ。
もともとは、ギャラリーの写真展企画時に接するポートフォリオやワークショップ参加者の写真に、旅、癒し、自然、瞑想などをテーマにするものが多いと気付いたのがきっかけだった。それらの背景に禅思想や日本の伝統的な美意識が感じられた。日本人なのだから当たり前と言えばその通り。しかしそれらが目立つ背景には社会的な状況が影響している気がした。つまり、ポスト産業社会の到来、経済のグローバル化、新自由主義的な考え方の浸透。 それにより、多くの人が過度な競争の中での生き残りが求められ、心身ともに疲労困憊しているという状況だ。
癒し、旅行、ナチュラリスト、瞑想、カワイイなどは経済優先社会のアンチテーゼとして多くの人に愛でられるようになったようだ。その前提は疲れた心身を、旅行して自然の中で過ごしたり、瞑想したり、アートに触れることなどで元気になり、また競争社会に戻って頑張るということだった。 作家にとっても、上記テーマの作品制作は癒しの行為でもあったと思う。これはグローバルな現象で、杉本博司や村上隆が欧米で評価された背景にも同様な構図があったのだと思う。

そして2008年、米国でリーマンショックが発生したことで状況は一変するわけだ。経済成長という前提が崩れ去ったことでアンチも存在基盤が揺らぐことになる。
最初は何をやっても駄目だというような諦めの気分が支配的になっていた。しかし、開き直っていられるのはある程度余裕がある人だ。膨大な財政赤字、人口減少と低成長時代の到来。リアリティーを突き詰めると多くの日本人、特に若い世代にもはやそんな余裕は残っていない。
そのなかで一部の人たちが、諦めだけでは何も生まない、現状を認めたうえでポジティブに生きることを目指し始めた。頑張る一方で諦めを持つような生き方だ。自分のアイデンティティー探しの過程で、同様のアート表現に行きつく写真家も散見されるようになってきた。ここに私は、ネガティブな状況をポジティブにとらえる侘びの精神のようなものを感じたのだ。伝統的な美意識とのつながりがあるだけに、日本人の生きるよりどころになる可能性があるかもしれないという予感だ。

注目したいのは70年代以降に生まれた若手写真家二人だ。

Blog2 
地現葉子は2種類の作品を展示している。
「植物園」では、人工環境の中で生かされている草木を現代人に置き換えて、現実は厳しく未来は決して明るくないという一種冷徹な現状認識を提示している。最新作の「空」では抽象的に表現された鳥のイメージで、そのような厳しい状況でも、 飛ばなければ何も起きない、行動を起こそうというネガティブをポジティブにとらえる姿勢が見られる。同世代の悩み苦しみを作品で見事に代弁していると思う。

Blog3 
下元直樹は東北出身。「取り残された記憶」シリーズを出品している。これは東北の寂れた漁村を撮影したドキュメント作品。朽ち果て、錆びた漁村に残る住宅、店舗、倉庫、工場跡の壁面のクローズアップに美を見出している。グリッド状に展示されたタイポロジー的作品はカラフルでポップな色彩で非常に美しい。 アーロン・シスキンのカラー版のようにも見える。彼の展示からは、ネガティブな環境の中でもポジティブな視点を見出す日本的な精神を感じる。

アート写真鑑賞方
感動との出会いを求めて

Blog

目黒のインテリア・ストリート近くに移転してきてから10年を超えた。
最近はギャラリーの写真展に来る人が多様になってきた印象がある。以前は圧倒的に写真関係者が多かった。カメラマン、アシスタント、デザイナー、学生、カメラ趣味の人などだ。それが最近は、美術館などの展覧会に行くような一般の人がギャラリーにも来てくれるようになった。企画によっては、週末に50名超える来廊者がある。なかには写真を買ってみたいとお客様の方から声をかけてくれることもある。

ギャラリーにいるときは来廊者の動きを観察している。時間があれば鑑賞の手ほどきをするようにしているが、来客数が多いとなかなか対応しきれない。最近は定期的にフロア・レクチャーを開催している。
私たちは作品を売る商業ギャラリーなので、鑑賞目的の人は相手にしないと思われがちだ。しかし顧客が作品に心が動かされ、作家の視点を理解しない限り販売にはつながらない。来廊者が写真展に感動し楽しんでくれることは非常に重要なのだ。そのような人が将来のコレクターに育っていく。

作品を鑑賞する時、まず心で感じるべきか、頭で理解感すべきかは議論が別れるところだろう。脳科学では、人間は心、つまり感情で良い悪いの判断をしているという。これを写真に置き換えると、いくらコンセプトやイメージが優れていても感情が反応しない作品は良くないということだ。アート写真を鑑賞する時、まずは何も情報なしで見ることをすすめている。そして、自分の感情に何か訴えるものがあるなら、作家やキュレーターのメッセージを読んでみればよい。何かを感じた作品は、視点の明確化とともに更に気に入る可能性がある。しかし、何も感じない写真は文章を読んでもあまり興味は湧きあがらないだろう。
現代アート系の写真作品を制作する若手の中にはこの点を勘違いしている人が多い。自分が良いと考えるテーマが人の心をとらえると思い込んでしまうのだ。感動が希薄なアイデア中心の写真作品は壁紙と同じになってしまうリスクが伴う。同じように、写真イメージやプリント・クオリティーだけの作品も、ただきれいな高品位印刷のポスターと同じようになってしまうかもしれない。

さて以上を意識して能動的に写真展を鑑賞しても作品の評価軸が見えてこない場合があるかもしれない。特に最近は写真作品でもアイデアやコンセプト重視の現代アートの一部となっている。 見る側の考える力、ある程度の情報量も作品理解には必要なのだ。作品のオリジナリティーは写真史とのつながりで語られることも多い。歴史を勉強しないと、評価の前提の知識不足から作品が理解できないこともあるのだ。1冊の本の価値を知るためには、それ以前の知識の蓄積が不可欠なのと同じことだろう。

実はここがアート鑑賞の面白さでもある。つまりアート体験を重ね、知識を増やすほどにその価値が分かるようになるということ。最初は気付かなかった視点が発見でき、より広い考え方が出来るようになる。アート経験を通じて人間として成長できるのだ。それは自分なりの作品評価の基準が持てること。作品価格の正当性が判断できるようになるのだ。アート鑑賞は、一生をかけて楽しむことができる高度な知的遊戯なのだ。